雲仙温泉に向かう山道を車で走っていると、前方に一人の自転車乗りの姿が見えた。
追い越しながら顔をチラ見する。
男性。歳は少し上くらい。
あっという間にバックミラーの中で小さくなった。
「キツそうだったなぁ……」
豪雨。夕方。
自販機も街灯もない田舎道。
温泉街はまだ遠い。
日没までに辿り着くのは無理だろう。
しばらく走ったがどうにも気になり、Uターンして来た道を戻った。
発見。窓越しに話しかける。
「乗って行きませんか?」
男性は一瞬怪訝な表情をしたが、すぐに答えた。
「ありがとうございます!」
自走にこだわる人じゃなくて良かった。
渡したタオルで男性が体を拭く間に、預かった自転車を車に詰め込んだ。
「いやー助かりました!」
助手席でニコニコしながらおっさんが言った。
「どうして助けてくれたんですか」
「自分も自転車旅とかするから。同じ状況だったら絶対辛い」
自転車にくくられた大量の荷物。
地元の自転車乗りじゃないのは一目でわかった。
「あーだから車載器具があるんですね」
納得した様子だった。
おっさんは千葉県民らしい。
関東からフェリーで大分に入り、雲仙温泉を目指して国道57号を走って来たものの、豪雨で困っていたとの事だった。
おっさんは色んな事を話してくれた。
自転車旅が好きなこと。
九州は何度も走りに来ていること。
やまなみハイウェイは最高だということ。
北海道は自転車乗りなら必ず走るべきだということ。
ずぶ濡れのおっさんが目を輝かせて語っている。
さっきの豪雨もきっと楽しい思い出として誰かに語るのだろう。
おっさんの感性が素直に羨ましかった。
「本当にお世話になりました!」
民宿前でおっさんは何度もお礼を言った。
「お気になさらず。いい旅を」
お辞儀して別れる。
1時間にも満たない出会いと別れ。
車内に静寂が戻る。
「やまなみハイウェイ……北海道……そんなに良いもんなのかね」
おっさんの目を思い出しながら車を走らせる。
2018年、春の出来事だった。
(2019年の春夏につづく)